teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


中高年メル友募集

 投稿者:北きつね  投稿日:2012年11月10日(土)19時43分26秒
  地域問いません中高年の方ならメル友お願いします  
 

中高年メル友探し

 投稿者:北きつね  投稿日:2012年 7月 3日(火)19時36分55秒
  みんな老いて 行く淋しい中高年の方メル友お願いします  

やのさんが

 投稿者:夢務霧  投稿日:2012年 1月 8日(日)17時31分30秒
  矢野健太郎さんが

http://www.catnet.ne.jp/yanoken/

 

感想どもです

 投稿者:韓世雄  投稿日:2006年 9月18日(月)20時21分32秒
   一昨日はお疲れ様でした。
 あそこまで盛り上がるとは思いませんでした。
 三時間でも足りないぐらいでしたな。
 残った二人は結局帰れなくなりネットカフェに泊まって始発で帰る羽目になったりならなかったり。
 え~とこのサイトで貴君が解るネタがあるとすれば「超能力学園X (オリジナル小説)」「SATOKO(日記)」辺りでしょうか。
 まあ日記も次の更新で最後とか言っといて入社以後手付かずなんだけどね・・・。
 まあ三国志ネタばっかりだから・・・・。
 次集まるとしたら、11月頭辺りの連休でどうかと図らずも一泊したM君が言ってました。
 まあ其の頃には次期のアニメもそれなりに始まってるだろうしそんな感じの予定でよろしく。
 

 投稿者:光拳剣メール  投稿日:2006年 9月17日(日)01時35分13秒
  なんだこりは!ネタがマニアックすぎる。感想おわり、とりあえずまた集まろう(・。・)
誰かわかるよの返事くれ
 

卒論の感想です

 投稿者:韓世雄  投稿日:2006年 4月30日(日)23時39分37秒
   正直、「地理の概述」~「はじめに」辺りまでは
「何が言いたいんだヲイ」
 と首を傾げていたのですが、第一章の『史記』『漢書』の引用辺りから興が乗ってきて、
 『華陽国志』を例に出したことで、
「『華陽国志』がやったことを河内でやりたいんだ」と理解が届いてからはすいすい読めました。

 第二章では『夏』~『殷』にかけての変遷を考古学的、地理的要素もふまえつつ、
史学者の分を出ずにキレイに纏めてあったので大変楽しく読ませていただいたのですが、
 個人的に興味深かったのは、
禹=湯王  桀=紂王  嬉=妲己
 と『夏』と『殷』の伝説ががあまりに照合できるから『夏』は『殷』に似せて作られた架空の王朝だと言われたりするわけですが、
『殷』も周と大変よく似た変遷をたどっていたんですね。
 つまり『殷墟』に都がある頃には『周』で言うところの『東周』の時代に既に入っていたんですね。
 少し気になったことがあるとすれば狄・戎・夷とひとまとめにされている遊牧民と西羌や犬戎との関係ですかね。
 まあ『周』だってもとを正せば遊牧民な訳ですし、犬戎=『秦』も定説となりつつありますし、古くて資料が少すぎる上に遊牧民は集合離散するから方角で見て、
北は狄・西は戎・東は夷・南は蛮なんですよね。

 第三章はおおざっぱにわけて
・狄の紹介と周の盛衰とその中での河内の変遷
・殷の強大さとそれ故に滅ぼされた事実
・狄の周王室への介入とその中での温の動向
 の三つで、最後に駆け足で纏めていると言ったところですか。
 狄の王室への介入の仕方を見ていると貴君が五胡十六国時代が価値観的に理解しやすいと言ったわけがよく分かります。
 中世の五代十国もそうですが、やはり比較すると面白いですね。
 私も旧稿で三国時代と南北朝後期を比較したことがありますが、やはり歴史は繰り返すんですねえ。
 そしてなによりこの中で大きく感じたのは殷への大きな愛着でしょうか。
 史料が少なかろうが、年表の上で滅んでいようが、確かにそこには殷はあったんだという、行間から滲み出る情熱的なまでの愛情。
 研究者にとってこういうこだわりは何より重要だと思います。
 私も『漢』でこう言うのが書きたかったんだよなあ。
 貴君のおかげで私の中にもかつてあった熱さを思い出しました。
 

卒論確かに受け取りました

 投稿者:韓世雄  投稿日:2006年 4月23日(日)20時28分24秒
   返事が送れて申し訳ありません。
 遅れついでに、もう少し噛み砕いてじっくり読みたいので、詳しい感想はもうしばらく待っていただけますか。
 ガンダムは・・・まだ勉強中でさして詳しくありません・・・。
 宣和堂さんたちと話すときについていけなくなるので少しは勉強したのですが。
 劇場版Zは・・・・完結してからぶっ通しで見ようとか画策してるので未見です。
 劇場版ファースト123と逆シャアを一夜漬けでみて「話つながらねえ!」とか吼えてた男です。
 

メールお送りしました。

 投稿者:巫俊(ふしゅん)  投稿日:2006年 4月11日(火)04時32分49秒
  なお劇場版Zガンダムの「Metamorphoze~メタモルフォーゼ~」という音楽を聴きながら、お読みいただくと真意が分かるかもしれません(笑
韓世雄さんがガンダムファンだったら、、のお話ですが。
 

私も卒論のできについては

 投稿者:韓世雄  投稿日:2006年 3月26日(日)16時48分47秒
   正直、お世辞にも良くできたとは言いかねます。
 実際、大学側からの評価点も通過ぎりぎりの点数でしたし、最後のほうはどうまとめてよいか判らなくなり、目次も教授に作ってもらったようなものです。
 実質、丸写しのようになってしまい、孫引きまがいの部分もところどころあります。
 結局は、テーマ選択に失敗したのだと思います。
 やりたかったこテーマは「光武帝の戦史」だったのですが、「それでは卒論にならない」と教授に断言されてしまい、やや時代をずらして「武帝期の軍制」か、テーマでずらして「後漢の豪族論」かで悩んだ結果、後者になったのです。
 前者のほうがまだ執筆を楽しめたかもしれませんね。
 ゼミの友人で、完成した卒論に納得できず、留年して一から書き直した人がいます。
 僕のも到底納得のできない論文でしたが、出して卒業することにしました。
 論文を書くというあの作業をもう一度一からやり直す自信が僕には無かったのです。
 だから僕は大学に残るという選択肢も断念したのでした。
 趣味でやるのとそれを生業にするのはまったく違うんですよね。

>けれど、史料の使い方とか、この時代の研究材料をひねり出すって方法だけは学んだような気がします。
>主に使えそうなのは、『竹書紀年』とか『戦国縦横家書』等。

 まあ学部生の卒論の評価対象は、ほとんどが書式と研究方法らしいですから。
 それを学ぶのが趣旨らしいですし。諮問で指摘された部分もそこに集中していました。
 メールで送っていただけるのをを楽しみに待たせていただきます。

>それはそれとして、中国の近世史に関心がむかっています。
>相当、殷代から変わり果てた(変容した)時代になってるということを、飲み込んでしまえば、宋の士大夫とか明の海洋商人とか、スケールが大きくて好きですね。
>そこには別の世界があったってことをはっきり認識してしまいます。

 そうですね。私ももるとけさんに視界を広げてもらったクチですから。それまでは漢代大好き、漢民族大好きだったので、五胡以降の歴史にほとんど興味を示しませんでしたから。

>なんていうか、漢代の人が抱いていた古聖王の時代(=中国の起源)を否定するのが、現実の殷代研究なものですから、殷の地域世界のもっと生態的なところを攻めていくと、殷の王権を構成していた勢力が、牧畜民や水界の民、密林の民と密接に関わっていたということを追求していきたいですね。
>それには甲骨や金文を読まないといけないのですが・・・
>とりあえす今は文献の中から生態的に特色のあるものを使っていこうと思っています。
>中国史に、「長江文明~殷」という日本の「縄文~古墳時代」に相当する時代があったということを前提にして、
>それ以後の戦国期や漢代を考察していくと、古聖王の伝承が、中国史の生態に起源していることが明示できるはずです。
>生態ってのは、明清時代なんかで上田信氏が盛んに唱えている、「環境が人をつくる」って考え方ですね。

 生態史ですか。おっしゃることはわかりますし、興味深いのですが、僕ではあまり力になれそうに無いですね。
 別の道を志してから就職するまで、他のことには目もくれずに走ってきたのでブランクが長くて。
 ただ、歴史は大好きなので、いつか読もうと帰りに本屋で買ってはいたので、読んでない蔵書が本棚にえらいことになっています(爆)。
 就職して一周年で仕事も慣れてきたので、そろそろ紐解こうかとは思っているのですが。
 がっかりさせてしまったならすいません。

>最近、五胡十六国の中国史上の位置付けをできないか思案中です。
>五胡十六国は、夏・殷・周の価値観的には理解しやすいんですよね。
>もっと広い目で見た中国史に可能性を窺っています。

 価値観的に理解しやすいというのはよくわかります。
 国境もあやふやになるほど様々な民族たちで大陸中がごった返す時代ですね。
 後の五代十国もそうといえると思います。
 でも、そういう長い戦乱時代って中国史上見ると春秋戦国と三国~五胡と五代十国ぐらいなんですよね。
 始皇帝の統一以降、統一されてるのが当たり前の認識になっていたということですね。
 五胡十六国時代は北朝は『五胡十六国』当方書店、南朝は『魏晋南北朝』講談社学術文庫が詳しいといっていました。
 双方読みましたが、面白かったですよ。特に『五胡十六国』は一国一国に言及していて。夏の[赤赤]連勃勃なんかは見るからに悪役って感じで。
 どちらも界隈では有名タイトルなので、すでにお読みかもしれませんが。
 

卒論は..

 投稿者:巫俊(ふしゅん)  投稿日:2006年 3月23日(木)23時08分37秒
  河内の地域史ということでした。
夏殷交替から楚漢抗争までの一千年に及ぶ、王朝の興亡を地域史という目から再構築する作業です。
充分に論じ足りないと、恣意的な意見をブツブツ書いてるようにしか見えないから、そこがネックですね。

卒論は..公開したくないんですが(笑)
楚漢戦争までとか言っておいて、時間切れで春秋時代中期でストップしてしまいましたし(爆)
メールで送りますよ。

けれど、史料の使い方とか、この時代の研究材料をひねり出すって方法だけは学んだような気がします。
主に使えそうなのは、『竹書紀年』とか『戦国縦横家書』等。

>お元気にしておられましたか?

そうですね^^
あのときは、、、

殷が中心にいないような中国史は、中国史の方が間違っているのだ
(『もっと知りたい伊藤若冲』の序文の「若冲」と「美術史」を、それぞれ「殷」と「中国史」に入れ替えてみました。)

なーんて思ってましたからね(^^;
今でもその辺は変わってないですが、
それはそれとして、中国の近世史に関心がむかっています。
相当、殷代から変わり果てた(変容した)時代になってるということを、飲み込んでしまえば、宋の士大夫とか明の海洋商人とか、スケールが大きくて好きですね。
そこには別の世界があったってことをはっきり認識してしまいます。
なんていうか、漢代の人が抱いていた古聖王の時代(=中国の起源)を否定するのが、現実の殷代研究なものですから、殷の地域世界のもっと生態的なところを攻めていくと、殷の王権を構成していた勢力が、牧畜民や水界の民、密林の民と密接に関わっていたということを追求していきたいですね。

それには甲骨や金文を読まないといけないのですが・・・
とりあえす今は文献の中から生態的に特色のあるものを使っていこうと思っています。
中国史に、「長江文明~殷」という日本の「縄文~古墳時代」に相当する時代があったということを前提にして、
それ以後の戦国期や漢代を考察していくと、古聖王の伝承が、中国史の生態に起源していることが明示できるはずです。

生態ってのは、明清時代なんかで上田信氏が盛んに唱えている、「環境が人をつくる」って考え方ですね。

>「三国志会議」

「三国志会議」はなくなってしまい、ALNの環境も大きく変化したようですが(ネギまの登場)、
それでも活気はあったんですよ。
2月までは「歴史への扉」が健在だったんですが、これも最近全廃止されたばかりです。
そんなわけですが、歴史サイトは一杯ありますし、明清時代のサイトやヨーロッパ近世史のサイトに伺っていると、話すことも尽きないんですよね。

最近、五胡十六国の中国史上の位置付けをできないか思案中です。
五胡十六国は、夏・殷・周の価値観的には理解しやすいんですよね。
もっと広い目で見た中国史に可能性を窺っています。

>巫俊様が史学の道を志した理由に、
>一枚咬んでいると僭越にも感じておりましたので
>その後どうされているか気にしてはいたんですよ~。

いえいえ、その通りです(笑)
ここで鮮卑の歴史や、李自成の歴史を拝聴したのが、その後に大きく作用してるようです。
それともるとけⅩⅡさまにお薦め頂いた『想像の共同体』を、その後開ける機会があったのは幸いでした。
当時は、ヨーロッパ人の書いた本までに、全然思考が回ってなかったですから。
 

レンタル掲示板
/10